金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

金融ファクシミリ新聞は、金融・資本市場に携わるプロ向けの専門紙。 財務省・日銀情報から定評のあるファイナンス情報、IPO・PO・M&A情報、債券流通市場、投信、エクイティ、デリバティブ等の金融・資本市場に欠かせない情報を独自取材によりお届けします。

「アジア太平洋の気候バンクに」

アジア開発銀行(ADB)
総裁
浅川 雅嗣 氏

――アジア開発銀行(ADB)のコロナ対応は…。

 浅川 コロナ禍の開始直後、アジアの途上国は自前でコロナ対策の財源を用意できず、その資金をADBにファイナンスして欲しいと要望があった。そこで、2020年4月にADBは新型コロナに対する200億ドルの支援パッケージを発表した。従来のプロジェクト単位での融資でなく、直接国庫の収入になるような融資、緊急財政支援として「CPRO(COVID-19 Pandemic Response Option)」という枠組みを20年4月に作り、これも含めてコロナ対応としてはこれまでに総額約300億ドルの融資を行った。ADBの契約締結額を見ると、2019年は240億ドルだったものが、2020年には316億ドルに跳ね上がっているが、このうち3分の1程度が「CPRO」による融資だ。コロナへの初動対応が落ち着いた2020年12月には、「CPRO」とは別に、「APVAX(Asia Pacific Vaccine Access Facility)」という枠組みを作り、途上国のワクチン調達を支援した。

――コロナ後の新たな課題は…。

 浅川 次の課題は食料問題だ。ロシアのウクライナ侵攻が契機となったが、そもそもコロナによるサプライチェーン分断に加え、コロナ禍から経済が回復するに連れて食料需要が増えたことも背景にある。これに対し昨年9月に、食料安全保障に対応するため2022年から2025年にかけて140億ドルを支援する計画を発表し、「CPRO」と同様の財政支援の枠組みとなる「景気循環対策支援ファシリティ」を強化した。対象国が限定されているので規模は数億ドルを見込んでいる。また、バングラデシュやパキスタン、スリランカなど自国の食料の多くを輸入に頼っている国は、その資金が途絶えてしまうと食料が手に入らなくなってしまう。そのためADBは、民間セクターを対象に短期資金を融通し、貿易金融が途絶えないようにする、「貿易・サプライチェーン金融プログラム」を通じた支援も行なった。

――気候変動問題への対応は…。

 浅川 ADBはアジア太平洋地域の「気候バンク」を目指しており、すべての業務に気候変動対応の要素を取り入れていきたい。21年10月~11月に行われたCOP26の際、ADBはいくつかの大切な意思決定を行った。その1つが、2019~2030年までの間に累計1000億ドルを気候変動対策に使うことを目標に設定したことだ。平均すると年間83億ドル程度だが、これまでの実績は、2019年は65億ドル、2020年は43億ドル、2021年は35億ドルと、新型コロナ対応もあり満たせていない。2022年は67億ドル程度まで回復し、2023年は71億ドル、2024年は75億ドルと数字を積み上げていく予定で、2030年までに累計1000億ドルに達したい。気候変動対策には緩和(Mitigation)と適応(Adaptation)の2種類がある。緩和は今よりも温室効果ガス(GHG)排出が少ない設備やインフラに移行していくこと、適応は避けられない気候変動の影響をできるだけ軽減することだ。緩和の方が取り組みやすい側面があるため資金が流入しやすいが、適応にもっと取り組みたいと考えており、この1,000億ドルのうち、340億ドルは適応に充てることを公表している。また、2021年には、2002年に作ったADBのエネルギー政策を改訂し、新規の石炭火力発電への融資を停止することを決めた。天然ガスや石油への融資については、止めてしまうとアジア経済が立ち行かなくなってしまうので続けるが、融資には厳格な審査基準を設けることにしている。加えて、原子力発電には支援しないことも決めている。これは、原子力発電に反対しているわけではなく、原子力発電はあまりにも巨額の資金が必要であり、他の分野への支援に資金が回らなくなってしまうためだ。

――ロシアとアジアは地理的に近い関係にある…。

 浅川 ロシアのウクライナ侵攻だが、これには直接的な影響と間接的な影響の両面がある。中央アジアやコーカサス地域、モンゴルなどは、ロシアと貿易関係や移民労働者が送金する関係だった。ロシアのウクライナ侵攻によって欧米は経済制裁を行ったが、中央アジアやコーカサス地域のロシア向け輸出はコロナのパンデミック前と比べて50%増となっており、ロシアからの送金額も増えている。直接的な戦争の影響は想定ほど大きくなかったということだ。一方、間接的な影響は、エネルギー価格や食料価格が上がったことで、パキスタンやスリランカ、バングラデッシュなど食料のほとんどを輸入に頼っているようなぜい弱な国への影響は大きい。ただ、先進国や欧州の新興・途上国、ラテンアメリカ・カリブ諸国、サブサハラ・アフリカと比べると、アジア開発途上国のGDP成長率は高く、インフレ率は低い。ロシア侵攻後、アジア開発途上国全体で見ればパフォーマンスは悪くないと思う。世界の成長センターとしてのアジアのプレゼンスは維持されるだろう。ロシアのウクライナ侵攻の影響を受けづらかった要因の1つにコメが挙げられる。ロシアのウクライナ侵攻を受けて価格が上がったのは小麦やとうもろこしで、コメの価格は上がらなかった。コメに関してはアジア途上国でも自給率が高く、在庫も持っているため、他の穀物ほど影響がなかった。ただし、肥料の価格が高止まりしていることには注意が必要で、肥料の生産国であるロシアやベラルーシからの供給が今後減少し始めると、アジアでも食料価格が上昇する可能性がある。

――中国経済は緩やかに減速を続けている…。

 浅川 アジア全体のGDP成長率のなかで一番落ち込みが激しかったのが東アジアで、これは中国の減速が響いている。東アジアは2021年の7.7%成長から2022年には2.9%に落ち込み、2023年も4.0%と緩やかな成長にとどまる見込みだ。中でも中国は2021年に8.1%成長だったが、2022年には3.0%成長となった。昨年は厳しいゼロコロナ政策を取っていたので減速は仕方がないと思うが、今年はゼロコロナ政策の見直しによってどれだけ経済が回復できるか注目しており、ADBでは4.3%成長と見込んでいる。これはアジア諸国の経済にとって好影響だ。ただし、中国経済の構造的な問題として、投資主導型経済から消費主導型経済への移行を進めているが、足元で不動産バブルがはじけ、個人消費がどこまで盛り上がるかは不透明だ。また、中国は先進国入りする前から少子高齢化が始まっており、高齢化に対応した信頼性の高い持続可能な社会保障の導入が求められているが、中国の全国民を対象に制度を設計するのは容易な話ではない。ただ、信頼に足る社会保障制度がない限り、将来の不安から人々は消費より貯蓄を優先するようになり、消費主導の経済を実現することは難しい。こうしたことを考えると、中国が再びもとの高成長に戻るのは難しいのではないか。[B][N]

▲TOP