金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「日銀は日本経済全体で判断」

国際通貨研究所
理事長
渡辺 博史 氏

――現在の世界情勢は…。

 渡辺 今の世界に対する影響度合いは、1番目に米国のインフレと金利引き上げ、2番目にロシアによるウクライナ侵攻、3番目にコロナだ。米国のインフレによる高金利は日本や他のアジアの国にも影響を与えている。他のアジアの国では国外にマネーがシフトしていることもあり、金利が上がっている。米国の利上げは去年の7月ごろから始めるべきだったが、FRBが判断を間違えたと言って良いだろう。FRBは昨年、インフレは一時的なもの(transitory)と判断していたが、最近でもインフレは高騰し続けており、うなぎ登り(rocket sky-high)の状態だ。今は逆にきつめの金融引き締め(overkill)を行っている。さらに、ロシアのウクライナ侵攻により、EUなどへのエネルギーの供給が大幅に細り、インフレに拍車を掛けている。コロナもなかなか終息の道筋が見えてこない。

――ロシアの対制裁対応から見てドイツのエネルギー源は大丈夫なのか…。

 渡辺 現在、ドイツではエネルギー供給が2割程度足りていない。国内備蓄が冬まで持つか、更に積み上げられるかが焦点だ。燃料が来ないからと言って、再びロシア頼みするのは不可能だ。そのため、色々な国・地域から、国境を越えて電力を集めなければならない。ヨーロッパは、サハラ砂漠の太陽光発電からジブラルタル海峡を越えてスペイン経由での供給やフランスの原発から供給できるなど、周辺国の間で電力の融通が利く。しかし、日本の場合は島国であり、他国からの電力供給策を造る場合、例えば朝鮮半島経由で電力線を引くことになる。とはいえ、北朝鮮がその構想に乗るとは思えないし、韓国も電力に余力があるわけではないので多国間供給網は現実的ではない。過去には、ロシアのハバロフスクやウラジオストクから海底ケーブルを通して北海道に繋げる話もあった。しかし、サハリン2プロジェクトの件からも分かるように、ロシアから電力供給を受けるのは厳しい。

――ヨーロッパのエネルギー供給縮減が経済に与える影響は…。

 渡辺 ヨーロッパでは、エネルギーの供給減少により、インフレが起こり、成長率も下がる可能性が出てきた。しかし、現時点で、ドイツもオランダも日本よりは成長率や生産性が高いので何とかなるかもしれない。別の話になるが、あと2年くらいで日本とドイツのGDPが並ぶ見通しだ。特に、対ドルではユーロの下落率より円の下落率のほうが大きいので、日本のGDPの下げが顕著になるだろう。もし今後、円安がストップすれば、ドイツに抜かれることはないが…。一時勢いのあったブラジルやメキシコも失速していることから、今までの計算では、2050年にはインドに抜かれるだけで、日本はGDP世界ランキングでベスト5に残る計算だった。しかし、為替の変動が大きく、将来の順位は分からなくなっている。

――黒田総裁は為替の状況にかかわらず、金利を上げないとしているが…。

 渡辺 これは、影響の配分と分配の認識の問題だ。日本経済全体を見たときと、消費者あるいは中小企業の視点から見たときでは、日銀と政府の対応が異なってくる。日銀は日本経済全体を見ており、円安によりプラスの影響を受ける人のほうがマイナスの影響を受ける人より多かったら、金利を上げない。一方、円安は輸入品の高騰により、消費者の生活に影響を及ぼす。しかし、あくまで日銀は、日本経済全体を見ており、貧しい人への所得の再分配は政府が対応することとして、経済を優先する。現段階では、日本経済全体で見れば円安の効果が高いと判断したことになる。日銀は、金利を上げてGDPの伸び率がゼロになる可能性を恐れているが、実際に今の経済実態だとそれは起こり得るだろう。経団連やトヨタなど産業界が明確に円安に否定的にならないと日銀の意見は変わらないと思う。

――今後、円高に戻ることは考えられるか…。

 渡辺 米国の金利引き締めが落ち着いても1ドル=120円より円高にならないだろう。1ドル=100円から135円への円安のうち、FRBと日銀の政策金利差も10~15円分ほど影響しているが、半分以上は日本経済に対する世界の評価が下がっているためだ。今、世界を主導する日本の産業はない。東芝などの、かつて世界に誇ることができた白物家電は崩壊の一途をたどっている。また、自動車もトヨタが頑張っているが、EVで米国と中国に先を取られている。為替はその国の経済状況を表す。円安は経済力の弱さを表しており、悪いことなのに日本人のほとんどが錯覚して円安がいいと言ってきた。プラザ合意などにより急激な円高を経験したことから、多くの日本人は円高に対して恐怖を持っているが、時代は変わった。

――日本の現状を打破するためには…。

 渡辺 技術革新と賃上げが必須だ。まず、技術革新に関しては、民間企業が主導的に進めなくてはいけない。しかし、日本の民間企業は困ったらすぐ政府頼みになる癖がある。イノベーションや技術革新について、政府の役人や政治家に知恵があるわけではないのに、政府に頼ろうとしていること自体が問題だ。また、現状ではまず先に賃金を上げなくてはいけない。本来なら長期的視点から基本給を上げるべきだが、賃金を一度上げると下げることが難しくなる。現在、インフレボーナスと称して臨時で数万円程度支給している企業がある。賃金を一度上げたら下げることは難しいが、ボーナスだったら業績に応じて変えることができる。このほか、最低賃金を全国平均で1000円以上に上げる案もある。ただ、そうすると多くの中小企業が倒産すると言っており、実現が難しい。ステークホルダー主義か、ストックホルダー主義かが問題となる。BtoCの分野では値上がりが良く話題になり、値上げが起こり始めたと見られているが、問題なのはBtoBだ。ネジなどの最終製品に組み込まれる部品・中間財のコストアップを最終製品メーカーは受け入れなければいけないが、価格転嫁はなかなか進んでいない。そのため多くの製造業では単位当たりの利益が減少し、人件費を上げることが難しくなっている。

――雇用の流動性と賃金の値上げのジレンマは…。

 渡辺 雇用の安定化は日本の近代化に大きな役割をもたらしたが、現在では雇用の安定化と賃金の値上げは二律背反になっている。どちらかを選ばなくてはいけないが、クビにしやすい雇用環境を創り出すという、国民に辛いことを求める政治家はいない。そこで、ベースを上げることになるが、仕事ができない人の給与も上げることになり、後が大変になる。評価の高い人には給与を上げるボーナス制か、雇用の流動性を高めてクビにしやすくするか、臨時給でインフレ対応するか、さまざまな選択肢が考えられる。この点、日本労働組合総連合会(連合)のこれまでの間違いは、雇用の確保に重点を置いたことだ。そのせいで、賃金の値上げがほとんど議論されなかった。連合は、雇用がある程度確保されている大企業の集まりで、中小企業の状況を連合の方針は受け止めていない。

――世界大恐慌になるとの予想もちらほら出てきている…。

 渡辺 大恐慌にはならないと思うが、ゼロ%成長が続く可能性がある。リーマンショック時には、欧米などの先進国は打撃を受けたものの、中国などアジアの成長率が高かった。しかし、現在では中国なども伸び悩んでおり、4~6月期の3か月はほぼゼロ成長と軟調だった。日本も1%くらいの成長で、米国もインフレを本気で押さえれば3~4%の成長が予想される。今までは中国や東南アジアを含めて世界全体の成長率が5%を超えることが多かったが、今年は世界全体の成長率が3%に達しない見通しで、これはリーマンショック時の成長率と同じだ。平均が5%だと、成長率が低い国であってもゼロ%程度で済むが、平均が3%になると、マイナス成長の国が出てくる。

――日本が今後やるべきことは…。

 渡辺 エネルギー供給のために、原発を動かすかどうかを早く決める必要がある。準クリーンエネルギーに位置付けられるLNGの供給がひっ迫し、価格が高騰するなかでも、日本は石炭を燃やし続けると言えるほど石炭発電の経過的正当性を世界にアピールする力はない。そのため、原発を動かすか、ヨーロッパが行っているように15%の節約を国民に求めるかのどちらかになる。ただ、後者は我慢の必要性など辛いことであるがこれは誰も言い出さないだろう。加えて、日本はエネルギー源の90%以上を輸入しているため、原発の是非を議論することに加えて、使用する電力をいかに減らすかの議論をしなくてはいけない。足元でも停電が起こるくらい電力状況がひっ迫しているが、先進国でそんな国はありえない。日本の場合、海底がすぐ深くなるので洋上風力が簡単では無く、太陽光も雨が降るので上手くいかない。コストの問題では無く、供給量確保の可能性の問題である。このため、ベース電源が必要になってくる。日本の主要な工業地帯である中京工業地帯には、中部電力が電力を供給している。中部電力が使用する大部分のLNGはカタール産であるが、今後ヨーロッパからの需要も強くなっていくため、値上がりは必至で、中京工業地帯の電力価格は上がるだろう。このため、トヨタなどの工場の電力コストが上がり、日本の競争力低下につながることが懸念される。この点も含めて、例えば静岡にある浜岡原子力発電所を再稼働するかどうか議論することが求められている。(了、収録日:2022年7月27日)

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