駐日ポーランド共和国大使館
大使
パヴェウ・ミレフスキ 氏
――ロシアとウクライナの問題を、大使ご自身はどのようにご覧になっているのか…。
ミレフスキ氏 私は外交官として世界が平和であることを望む。ポーランドは123年間にわたり国が消滅した時期もある。第一次世界大戦後に独立を回復するも、第二次世界大戦時には再び国土が分割された。その後、1952年に再び国家主権を復活させたが、その後もソ連との微妙な関係は続き、1989年までその軛(くびき)から離れることはできなかった。分割と統合を繰り返してきたポーランドの300年の歴史の中でこの30年は一番平和な時代だ。それほどポーランドの20世紀は大変だったため、21世紀はこのような歴史を繰り返すことなく、外交という手段で平和を維持していきたいと考えている。国同士で何か問題があった場合は、軍事力ではなく外交に委ねるべきだ。現在のポーランド共和国という民主国家は、他国による支配体制に対抗するポーランド市民の運動によって誕生した。そして1999年にNATOに加盟、2004年EUに加盟を果たした。この2つの世界的組織のおかげでポーランドの経済は安定し、文化的にも発展した。1990年にウクライナと同程度だった経済規模は、今やその3倍にもなっている。かつてポーランド人がドイツやフランスやスペインが発展していくのを見て羨ましがっていた様に、ウクライナ人は今、ポーランドと同じ道を歩みたいと願っている。
――ウクライナに進軍した露プーチン大統領の狙いは…。
ミレフスキ氏 ソ連時代、ロシア人は世界一巨大な民族と言われていた。そういった背景からプーチン大統領は世界に向けて常に強いロシアを見せなくてはならないという意識を持っている。最も強力な軍隊を持ち、一人の権力者によってその軍隊を自由に動かせるロシア帝国がウクライナを支配しているという事を世界に誇示したいのだ。ロシアは2014年にもクリミア自治共和国とセヴァストポリ特別市をロシア領土に併合した。そして現在の争いでは既に1万8000人以上のウクライナ人が亡くなっている。しかし、ウクライナがEUやNATOに加盟したいと願う気持ちは以前に増して強くなっている。ポーランドもそうだったが、抑圧すればするほど、その国はロシアから逃れて独立したいと願うようになる。プーチン大統領はそれをわかっていない。
――ウクライナがEUやNATOに加盟することに対し、ロシアはそれを拒絶する姿勢を示している…。
ミレフスキ氏 ポーランドは今年、欧州安全保障協力機構の議長国となっているため、今回の問題に対しても非常に重要な役割を担っている。今、世界が心配しているのは、プーチン大統領の意思ひとつで世界が思い通りになれば、次は中国も同じようなことをしてくるという事だ。そうならないように、世界各国からの監視の目が必要だ。ロシアがウクライナに攻め込んだことで、ロシアは世界中から拒否されるようになる。そして、それはロシアの一般国民に大変な悲劇をもたらすことになる。
――ウクライナからの難民とベラルーシからの難民は質が違う…。
ミレフスキ氏 ロシアとベラルーシは緊密に結びついている。そして、現在のルカシェンコ政権は国民の支持を得ていない独裁国家だ。1年前には中近東から欧州へ行きたいという人たちをベラルーシまで連れてきて、ポーランドとベラルーシの国境を越えさせようとしたが、それも背後にはロシアが存在していると見られている。当時ポーランドは、ベラルーシの首都ミンスクに在るポーランド大使館が難民を引き受ける事や、ベラルーシに対して緊急の支援物資を送ることを提案したが、ルカシェンコ大統領はそれを拒否した。しかも、国境を越えようとしていた人たちは本当の難民ではなく、移民として豊かな国に行こうとしている人だった。つまり、ルカシェンコ大統領の目的は、難民を救う事ではなく、欧州の秩序を壊していくことだとしか思えない。実は数年前にも、戦争から逃れるために欧州に難民が押し寄せてきて、そこで受け入れた国と受け入れなかった国があったため、欧州に混乱と無秩序が発生してしまったことがある。そういう状況を再び作り出し、欧州を混乱させて分裂させたかったのだろう。ポーランドはベラルーシと国境を接している。春になって、また新たな動きがあるかもしれないと警戒しているところだ。
――ポーランドと米国の関係は…。
ミレフスキ氏 米国とは常に良好な関係を続けており、一度も悪くなったことは無い。歴史的にみても米国は常にポーランドの安全を保障してくれる国であり、日本と米国の関係性に似ている。エネルギー問題でも米国からのLNG供給は安定的に続いており、さらに先日は米国の会社がポーランドで初の原子炉6基を建設することも決定した。エネルギー資源の調達先を多様化しておくことは、有事の際に大変重要だ。ロシアとドイツを結ぶ天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」の建設がようやく完了し、ドイツの原発停止が年内に予定されている中で、米国がウクライナ問題で各国にロシアへの経済制裁を呼びかければ、ドイツの国内エネルギー事情はどうなるのか。ウクライナも、長い間ロシアからガス供給を圧力材料として使われており、これまでカザフスタンから輸入していた石炭も、このような状況下でロシアの圧迫によって止められている。このようにエネルギー資源の力によって他国に抑圧を強いるロシアを見ながら、現在NATOに加盟していない北欧のフィンランドやノルウェーもNATOへの加盟を考え始めているようだ。
――日本から見れば、中国がロシアと同じような状況を作りかねないという心配が強い。中国の「一帯一路」についてはどのようにお考えか…。
ミレフスキ氏 中国と中央ヨーロッパを繋ぐ鉄道が出来れば周辺各国が経済的に発展する可能性は高く、ポーランドにも間接的に良い影響を及ぼすのではないかと期待している。一人の人物が一国を支配する危険性については先述した通りだが、一本の鉄道が遠くの国々へ色々な物資や人を運ぶことは新しい局面が生まれる喜ばしいことだ。ただ、中央ヨーロッパよりもアジアの経済途上国に路線を伸ばした方が、色々な面で中国の存在感を示すことが出来るのではないかとも思う。いずれにしても国を跨ぐ線路を建設するのであれば、それは双方にとってメリットのあるものでなければならない。例えばポーランドにはトヨタの工場があり、そこではポーランド人を雇用してくれたり、新しい技術をもたらしてくれている。他方、中国の「一帯一路構想」が自国だけのメリットを考えて進められているのであれば、それは正しいことではない。そうならないように、世界からの監視の目が常に届いていることが必要だ。
――日本に対して要望は…。
ミレフスキ氏 ポーランドと日本の国交が樹立されて今年で103年を迎えるが、その間悪い事は一つもない。これまでの歴史上、最も良い関係だと思う。コロナ禍では各国間の交流が思うようにいかず、首脳級レベルの会談もなかなか実現しないが、ポーランドは欧州の中でも最もアジア諸国との相性が良い国だと思う。特に日本とポーランドの価値観は色々な場面で一致しており、ロシアや中国のような強圧的な政策に反対しているところも同じだ。世界経済第3位の日本と、EUの中で現在最も発展スピードの速いポーランドが協力し合うことで、良い結果を生み出せる分野はたくさんある。特にインフラ、貿易、エネルギー関連は大きく期待できる。そして、日本と米国の関係にポーランドが加わり、この3国が強く団結しているような未来になることを望んでいる。(了)