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「TPP加盟で中国に轡(くつわ)を」

亜細亜大学アジア研究所
特別研究員
石川 幸一 氏

――「岐路に立つアジア経済(文眞堂出版)」を出版された。米中対立が鮮明化する中で、日本はどのような立場を取るべきなのか…。

 石川 安全保障面では当然米国と足並みを揃えるべきだが、中国は日本にとって最大の貿易相手国だ。投資額も非常に大きいため、経済面では中国とも上手に付き合っていく必要がある。ASEAN各国も同様に、米国か中国かという選択は避けたいと思って行動している。しかし、中国は南シナ海や尖閣諸島等への海洋進出や、一帯一路構想によってすでに色々な問題を引き起こしている。日本は領域問題では毅然と対応をして一帯一路構想には代替策を出しながら付き合っていくことになろう。日本政府の外交方針である「自由で開かれたインド太平洋」構想も、そういった中国への対抗策を含めて考えられている。

――「自由で開かれたインド太平洋」構想は安倍政権の時に作られた…。

 石川 最初にこの言葉が用いられたのは、2007年、安倍第1次政権の時にインド国会で演説をした時だ。インド洋と太平洋という二つの海が非常に重要だという内容だった。その後、第2次安倍政権時の2016年のアフリカ開発会議で、「FOIP(Free and Open Indo-Pacific)」という言葉を生み出した。発展著しいアジアと潜在力のあるアフリカ、太平洋とインド洋を結び付けて発展させていこうという、日本発の大きな国際戦略構想だ。日本が壮大かつ長期的で他国と連携する国際戦略構想を打ち出したのは、国際貢献という面でも非常に評価されるべきことだったと思う。

――中国は海洋進出や一帯一路に加えて、ワクチン外交等でも覇権姿勢を強めている…。

 石川 中国は習近平政権のもと、建国後100年を迎える2049年までに世界の強国になるという遠大な構想に基づいて長期戦略で動いている。中国製造2025構想もその一環だ。実際に2010年にはGDPで日本を抜いて世界2位となった。当時金融危機で資本主義国が落ち込む中で、中国は着実に経済発展を遂げ、4兆元の投資を行い、世界経済回復のけん引役となった。そして、中国は中国型の経済運営に自信を持つようになり、その後、一帯一路構想や海洋進出へとつなげていく。さらに、大国意識が芽生えて以降は「戦狼外交」とも言われるような、力でねじ伏せる攻撃的な外交を繰り広げている。

――「戦狼外交」を繰り広げる中国に対して、日本が取るべき行動は…。

 石川 これまで世界が築き上げてきた国際秩序を守らない中国に対して、言うべきことは言わなければならない。経済的にも軍事的にも大国となってきた国に対して、日本が単独で発言しても聞き入れないのであれば、国際連携すればよい。米国もバイデン政権になってからは他国と協力して中国に対処していく方針を取っている。中国に対して「対立」ではなく「競争」という言葉を用い、Quad(クアッド)やAUKUS(オーカス)等、国際連携の枠組みの中で中国と対峙し主張すべきことを主張し、直すべきところを直してもらうという考えなのだろう。中国は何かあった際に、2国間でその問題を解決する交渉には圧倒的に自信を持っている。そういう中国に多国間連携で対抗し、同時に中国を国際的な枠組みの中に引き入れて、しっかりと多国間でのルールを守ってもらう事は必要なことだ。

――一方で米国は、TPPにもRCEPにも加入せずアジア太平洋の経済連携構想の中から抜けている…。

 石川 バイデン政権に変わっても米国がTPPに戻らないのは、民主党の支持基盤の問題だ。今の枠組みから労働者保護や環境保護を強めた協定にしなければ復帰しないと言っている。バイデン大統領も来年の中間選挙を控えて、民主党左派に気を配りながら、まずは国内経済を最優先課題とし、通商政策について新しい方向性や政策は出せないという状況なのではないか。

――アジア経済が世界の中心になっていく中で、日本の立ち位置は…。

 石川 色々見方はあると思うが、2050年頃にはアジア経済が世界経済の5割を占めると言われている。日本経済は現在、世界の6%程度、今後中国経済が世界経済の1位に、そしてインド経済がアジアの中で2位に、さらにインドネシアが日本を抜いていくとも予想されている中で、アジアと経済関係を深めていくことは不可欠だ。特にASEANとの関係は重視すべきだろう。南シナ海問題で中国との対立問題もあるASEANは日本との連携が欠かせない。また、日本の強みである自動車産業も、実は中国ではそれほど日本車のシェアが多くない一方で、ASEANでは80%超が日本車であり、特にインドネシアやタイでは90%を超えるほど大きなマーケットとなっている。インドに関しては、これまでも良い関係を築いており、引き続き協力関係を深めていくべきだろう。

――コロナ禍で輸入がストップする経験をしたことで、国外にある製造拠点を再び国内に戻した方が良いのではないかという意見もある…。

 石川 日本は日米摩擦や円高、人件費の高騰といった過去の経緯から、企業がアジアに進出し、国外製造販売を行う今の状況を作り上げた。コロナ禍や米中対立で、サプライチェーンをどのようにしていくかは目下の課題で、見直しが必要であることも確かだが、考えるべき事はサプライチェーンの強靭化だ。重要性が高いものに関しては日本で作るといった事は、健康面や経済面での安全保障としても欠かせない。ただ、サプライチェーンはあくまでも各国の比較優位に基づいて作られている。アジアでも人件費が高い地域とそうでない地域があり、そういった事を無視して全てを日本国内に戻しても経済合理性がなく、持続可能とはいえない。日本回帰と同時に、例えば中国での製造の一部をASEANに移すチャイナプラスワンなどサプライチェーンを多元化する事等の組み合わせで考えていくことが良いのではないか。

――日本の通商政策について思う事は…。

 石川 直面する問題としては中国のCPTPP加盟をどうするか、そして、喫緊かつ中長期的な問題としては経済安全保障の問題がある。アジアについては経済連携が進展しているが、インドがRCEPから離脱したため、インドにも加盟してもらう事が日本の通商政策としても重要となろう。さらに長期的視点で見ればアフリカだ。2050年以降には世界の人口の約半分はアフリカが占めると言われており、マーケットとしての重要性は非常に高い。「自由で開かれたインド太平洋」構想で、当時の安倍首相がアフリカも含めて考えていたというのは長期的には先見の明がある重要な戦略と言えよう。すでに中国も資源開発等においてアフリカへ進出しており、日本も経済連携を含めた関係強化が必要だろう。その他、世界的に大きな問題となっている気候変動問題でも日本にはリーダーシップを取ってもらいたい。CPTPPについては米国の復帰を粘り強く働きかけるとともに中国に勝手な行動をさせないように、高いレベルの自由化とルールを認めさせ「中国に轡をはめる」という考え方で加盟させたら良いのではないか。(了)

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