M&A仲介協会代表理事
日本M&Aセンター代表取締役社長
三宅 卓 氏
――御社が日本M&Aセンターを創立されてから30周年。中小企業のM&Aに対する意識もかなり変わってきている…。
三宅 これまで大企業のM&Aは様々な形で行われてきたが、中堅・中小企業のM&Aに関してはまだまだ少ない。30年前に我々が創業した当時はM&Aという言葉自体が耳慣れないもので、我々が成功事例を積極的に公表しながら啓発活動を続けてきたことで、段々とイメージも変わってきた。例えば20年程前、後継者不足でM&Aの依頼をされてきた会社経営者にパートナーを見つけ、いざ調印式という日に、その社長が暗い顔をされていた。そこで私が「社長、今日判子を押したら株式代金の数億円が入ってきて連帯保証と担保を全部きれいに整理してもらって、ハッピーリタイアできるのですよ。会社の名前もそのままに残り、従業員も継続雇用されて、相乗効果で会社が大きくなっていく。人生で最高のスタートの日なのに、なぜそんなに暗い顔をしているのですか?」と聞くと、「三宅さんの言うのはその通りです。ただ、もう地元ではゴルフに行けなくなってしまったな」と仰る。それは、世間体が悪い、或いは、後ろめたい気持ちがあって顔向けができないという事だったのだと思う。しかし、そういった考えはこの10年で大きく変わり、今では中小企業の経営者が会社を売却して挨拶回りに行くと、「おめでとう!素晴らしい経営者だね。よくぞ決意した」と声をかけられ、しかも感謝までされるそうだ。今、中小零細企業と呼ばれる会社は約380万社。そのうち245万社の経営者が65歳を超えている。2025年には70歳を超え、事業承継の真っただ中にあるのに、そのうちの127万社に後継者がいない。70歳で後継者がいなければ廃業しかない。そうすると、従業員はもちろん、それまでお付き合いのあった取引先や関連会社まで影響を受けることになる。しかし、それをM&Aで存続させ、さらに相乗効果で会社が大きくなっていけば、皆が喜ぶ。今では、M&Aで会社を残すことを決断した経営者は素晴らしいと評価される成功者であり、称賛と感謝の対象となる時代だ。
――この度、M&A仲介業界の自主規制団体「M&A仲介協会」を設立された…。
三宅 中小企業のM&Aが果たす社会的役割はかなり大きい。今、後継者のいない127万社のうち60万社は黒字経営であり、そのまま黒字廃業しようとしている。黒字という事は素晴らしい技術力を持っていたり、地元の文化を担っていたり、地元で大いに貢献しているはずだ。その企業が廃業するとなれば、日本の地方は更にさびれてしまい、地方創生とは正反対の動きになってしまう。地方創生無くして日本創生はない。政府は日本の地方創生のために、先述した後継者のいない中小企業127万社全てを救済すべくM&Aをすすめていく方針を立てている。M&A仲介協会を設立したのは、そうした社会的使命に応えるためだ。主なテーマはM&A仲介業界のレベルアップだ。政府は毎年6万社ずつM&Aを行い10年間で60万社を救うという計画を立て、そこに税制優遇と補助金を出している。このため、それだけ大きなマーケットがあるということと、資本も少なくて済むという魅力からM&A業務への新規参入も多くなっている。
――新規参入のM&A仲介業者などが何かトラブルを起こす前に、協会が信頼性を高めていくと…。
三宅 現在、会計事務所や金融機関などM&Aを手掛けられそうなところは全て中小企業庁に届け出をしており、その数は2200社を超えている。届け出をしていないと中小企業庁が設計している税制優遇や補助金の申請が出来ないからだ。その中で「M&Aブティック」と呼ばれるM&Aの専門サポート集団は500社超もあり、そのうちの大半がこの2年以内に設立されている。当然、そういったところは経験が少ない。一方で、M&Aは非常に難しい仕事であり、医療で言えば心臓外科医のようなものだ。単に頭が良いだけでは駄目で経験が必要となる。豊富な経験をもつ神の手に委ねた方が成功率は高い。逆に言うと、経験が少ないことで事故が起こる可能性があり、そうなると政府が目指している60万社の救済は達成できない。そこで、我々のようなM&Aに長く携わる上場5社が中心となってM&A仲介協会を設立したという訳だ。当面この5社で運営していく予定だが、他にも地銀や信金、そしてM&Aブティックが加盟している。最初の活動としては、これまで日本M&Aセンターと金融財政事情研究会が共同で行ってきた「事業承継・M&Aエキスパート」と「M&Aシニアエキスパート」という資格認定制度を、M&A仲介協会と金融財政事業研究会が引き継ぎ、エキスパート資格保有者4万人弱の方々に対してネットワークの拡充や啓発活動を行っていく。さらに、その教育制度はM&Aブティック全てに提供してM&A業界のレベルアップを図っていく。また、あらゆる情報は加盟各社すべてに提供し、中小企業庁が定めたM&Aガイドラインの順守の仕方についても伝達していく方針だ。
――「自主規制団体」ということで、違反した場合にペナルティを課すようなことは…。
三宅 ペナルティについては全くの白紙で、さまざまな取り組みを含めて今後、議論していきたい。M&Aガイドラインには、買い手、売り手それぞれに公正な仲介のやり方や、気を付けるべきこと、或いはトラブルの防止等々の方策が記載されている。そのガイドラインに沿って契約書を変更させたり、或いは仕事自体のやり方もそのガイドラインを順守したりして、我々5社が先頭に立って全ブティックに浸透させていくが、すべては中小企業庁と協会が歩調を合わせて二人三脚で進めていく。万が一、経験不足のブティックがトラブルを起こした時の対策として、業界全体に悪い影響を及ぼさないよう、事前に協会が苦情を受け付け、団体の中で注意喚起を行っていく。今回経験豊富な上場5社で協会をスタートさせたのも、先ずは業界団体そのものをレベルの高い組織にしていくためだ。
――当局への要望などは…。
三宅 中小企業庁が法整備や補助金制度、税制優遇を進めてM&Aのあるべき姿を策定し、それを民間で徹底させて業界をレベルアップさせていく。我々と中小企業庁が車の両輪のような関係となりタッグを組むことで、10年間で中小企業60万社を救済するという体制を整えていく方針だ。とはいえ、中小企業のM&Aが脚光を浴びるようになったのは最近のことであり、まだまだ法整備が出来ていなかったり、今の制度では使い勝手が悪かったりもある。例えば、中小企業であれば株券がどこに保管されているかわからなかったり、株主の一人が亡くなったり、所在不明になったりした時に、大手企業のために作られている会社法では複雑な手続きが必要とされ、中小企業がM&Aを行う際に迅速に動けないことがある。そういった部分の変更は今後も順次行っていく必要がある。一方で、例えば中国の会社が買収を提案してきた時の経済安全保障面について心配する声もあるが、基本的に中小企業のM&A仲介分野では、日本からアセアンへ進出するための買収事例などはあっても、中国企業からの買収やハイエンドの技術を持つ会社をハンドリングするといった事例はない。そのため、経済安保については業界として方針を出すというところまではいっていない。その他、中小企業を円滑にM&Aを実行していくために必要な法整備や税制優遇といった部分での要望はすでに中小企業庁と意見交換しており、そういった情報も業界団体で吸い上げて流していき、中小企業のM&A発展に貢献していきたいと考えている。(了)