金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「デジタル決済は成長に不可欠」

フューチャー
取締役
山岡 浩巳 氏

――6月にデジタル通貨勉強会を立ち上げられた…。
 山岡 日本のデジタル決済インフラの進むべき方向性について、メガバンク3行を含む日本の代表的企業や有識者からなるメンバーと、2週間に1回のペースで勉強会を行っている。皆、日本の金融インフラやデジタルエコノミーの発展に強い関心を持ち、活発な議論が行われている。論点としては、決済プラットフォーム間の相互運用性をいかに高めるかなどが挙げられる。もう一つの論点は、ブロックチェーンや分散型台帳などの新技術の活用だ。ビットコインなど従来型の暗号資産もこれらの技術に依拠しているが、価値が不安定で支払手段には使えなかった。しかし、最近では「リブラ」のように、安全資産を裏付けに持つステーブルコインが登場している。リブラは各国当局の強い警戒を受けて4月に方針変更を余儀なくされたが、新しい技術を決済インフラに応用できる可能性を示すものであることは確かだ。勉強会では9月末を目指して報告書をまとめていく予定だ。

――中央銀行のデジタル通貨発行については…。
 山岡 日銀当座預金はすでにデジタル化されており、大口決済専用のデジタル通貨を発行するのであれば、金融システム上の特段の問題は考えにくい。一方で、現金の代わりに使えるようなデジタル通貨を中央銀行が発行する場合、銀行預金からの資金流出を起こさないかが論点となる。とりわけ低金利環境の中では、信用リスクのない中央銀行デジタル通貨が預金を侵食する可能性も高まる。そうなると民間銀行を通じた資金仲介が縮小し、長い目で見た資源配分の非効率性につながる。また、危機時には預金から中央銀行デジタル通貨への急激な資金シフトが起こるおそれもある。さらに、中央銀行による情報やデータ独占といった問題もある。したがって、まずは民間主導でのインフラ提供がどこまでできるかを考えることが生産的だ。また、民間の方が新技術のビジネスへの応用などにも取り組みやすい。例えば、「スマートコントラクト」や「アトミックスワップ」などの技術により、商流や物流と金融との連携や、証券と資金とのDVP決済の自動的な実現、バックオフィス事務の合理化などを実現していくことが考えられる。いずれにしても重要なことは、「新技術を金融インフラのイノベーションに役立てていく」という視点だ。

――金融とITはほぼ一体化してきている…。
 山岡 コロナ禍を受け、金融のIT化はさらに加速していく。金融機関の店舗でもソーシャルディスタンスが求められる中、今後はますます、人々が自宅から殆どの金融取引を行えるような環境が必要となる。昨年訪れた北欧では、銀行窓口のハイカウンターが歴史的建造物になっているのを目にした。それほど金融機関店舗の整理統合やデザイン変更は進んでいる。そしてコロナ禍の下、金融機関が職員を店舗に参集させ、感染対策を講じるコストも高くなっているし、顧客側も手続きのための外出などは避けたい。さらに米欧では、現金への接触を嫌がったり、接触型のカードを避ける動きも見られる。これからの金融は、遠隔からPCやスマホでサービスを利用する顧客のUX(ユーザーエクスペリエンス)を高めていくことが求められる。これに伴い、金融業の「ITインフラ産業」としての性格も一段と強まるだろう。

――とはいえ、日本では今でも現金が主流だ…。
 山岡 世界的な決済のデジタル化にはいくつか理由があるが、まずスマホの普及が挙げられる。世界では、銀行口座は持っていないがスマホは持っているという人々も多い。中国のテンセントが提供する「ウィチャットペイ」のユーザーは約10億人にも達するなど、多くの人々がスマホを通じて金融サービスにアクセスすることが可能になった。貧しい人々への金融サービスの普及、すなわち金融包摂(financial inclusion)は長年の世界の課題であり、かつてはその解決策として、銀行の支店やATMの設置が議論された。しかし、今やスマホにどのような金融サービスを繋げるかが議論の中心になっている。これに伴い、決済などの金融サービスの担い手として、銀行だけでなくアリペイなどのネットワーク企業が大挙して参入しており、金融サービスの供給構造も多様化している。さらに、デジタル化に伴い現金関連のコストが一段と意識されていることや、経済のデジタル化に伴いデータの重要性が高まる中、決済に付随する情報やデータの有用性に多くの企業が注目していることも、デジタル決済を後押ししている。

――デジタルの支払いにおいては詳細な情報が付随してくる。半面、匿名性は保たれない…。
 山岡 デジタル決済の下では、「誰がいつ、どこで何を買ったか」といった情報やデータを収集し、処理することも可能となる。もちろんプライバシーは大事な論点であり、この点では現金の「匿名性」は利点とも言える。しかし、近年、FATF(金融活動作業部会)などの国際的な議論でも、とりわけ高額の支払いへの現金の利用は、マネロン規制の観点から問題視されやすくなっている。日本における現金のGDP比率は約20%と世界でも突出しているが、このことは今や、日本がマネロンや脱税に甘いと受け止められるリスクもある。さらに、デジタルエコノミーの発展という観点からも、決済インフラのデジタル化がある程度進むことは、日本全体にとって望ましいといえる。例えば、“MaaS(Mobility as a Service)”を考えると、乗り捨て可能なレンタルバイクのサービスを実現する上では、「誰が自転車を利用しているのか」を提供側が把握でき、また、乗り終えた時には支払いも自動的に終わっているようなデジタル決済インフラが必要不可欠になる。また、日本の配送ビジネスは、その信頼性の高さゆえに「代引き」まで行われているが、留守宅への配送や、さらにドライバーの方々を感染リスクから守る観点からは、現金を介さずにモノとマネーの同時受け渡しを実現できるインフラが重要になっていくだろう。最近のデジタル技術は、その実現を可能としている。

――デジタル金融を普及させるために必要なことは…。
 山岡 昨年、北欧諸国を訪問したが、日常の支払いにおいて、現金がほぼ使われていない実態を目の当たりにした。北欧諸国が口を揃えて言っていたのは、デジタル化に必要なのは技術よりも、むしろ強い意志と社会の理解、制度対応だということだ。例えば、電子政府化で知られるエストニアは、ソ連崩壊の中で独立を果たした小国であり、独立当時には資金もインフラもなかった。人口は今でも130万人と少なく、湖沼地帯の中にまばらに点在する集落が多い。この中で、対面・マニュアルでの行政サービス網を維持するコストを賄うことは難しく、「デジタル化しか選択肢がなかった」とのことだった。そこで彼らは、電子IDカードの保持を義務化し、行政手続きの99%を1年365日、1日24時間いつでもオンラインで可能にした。彼らは、「デジタル化を行いながら一方でマニュアル事務も残してしまうと、デジタル化のメリットは得にくい」と強調していた。この点日本は、「デジタル化の一方でマニュアルも残す」典型的な国であり、これには非常にコストがかかる。今回のコロナ禍における10万円の配布も、マイナンバーで配布手続きを完結させることは難しく、結局、市役所の方々などの大変な手作業に頼る事態になった。先程の「代引き」もそうだが、日本の人々のマニュアルでの事務水準の高さや頑張りは世界でも特筆すべきものだ。しかし、それに頼り過ぎてデジタル化が遅れてしまっては、先行き、日本の競争力にも響くことになってしまう。

――中国のデジタル通貨への取り組みは…。
 山岡 中国はなお資本規制を持つ国であり、一朝一夕で人民元が世界の基軸通貨になれるわけではない。ウィチャットペイやアリペイも基本的には国内用の決済手段であり、国際的なプレゼンスは低い。ただ、中国が4月からデジタル人民元の実験を開始していることが示すように、デジタルエコノミーの発展や人民元のプレゼンス向上を目指す中国の「本気度」は、日本もしっかり認識する必要がある。中国は14億人の人口を抱え、食料や鉱物資源などの多くを大量の輸入に頼っている。中国が中長期的な発展を遂げていく上で、貿易取引や対外調達を米国などの政策の影響を受けにくいものにしたいと考えるのは当然であり、人民元のプレゼンス向上は、経済安全保障の観点からも優先順位の高い政策となる。

――デジタル通貨は、経済社会全体のデジタル化と不可分となる…。
 山岡 FacebookのCEOザッカーバーグ氏は、昨年10月の議会証言でデジタル通貨について中国脅威論を訴えたが、日本として、技術革新が通貨を巡る競争を促す方向に働くこと、そして、決済インフラのデジタル化は「デジタルエコノミーの発展」という大きな政策課題の重要な要素であることを意識し、円の利便性向上に努める必要がある。情報技術革新により、外貨を国内で使うコストも昔に比べて下がっており、信頼度や利便性の劣る通貨はますます、他の通貨との競争に晒されやすくなっている。例えばスウェーデンは、周囲の多くの国々がユーロに移行する中、自国通貨クローナを維持するため、その利便性を高めていくことが、デジタル通貨“e-Krona”の研究を進める一つの動機となっている。日本円は、英ポンドや人民元と、米ドル、ユーロに次ぐ第3の通貨の地位を争う立場にあるわけだが、歴史あるポンドや国の経済規模の大きい人民元との競争の中、日本円を幅広い取引に使い続けてもらうためには、新技術の応用も含め、可能な取り組みを積極的に行っていく必要がある。デジタル技術の活用を通じた決済インフラのイノベーションは、日本におけるデジタルエコノミーの発展や、中長期的にみた経済安全保障にも貢献するものだ。

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